花街で実地研修

2019.07.26 Friday
梅雨明け間近の7月23日、1期生の小寺さんを講師にお願いし、5期生8名で東新道を歩きました。 冒頭、昭和5年頃の8番町、9番町の住宅明細図を参考にかっての花柳界の繁栄ぶりについて話を伺い、一同納得。置屋、待合が軒を連ねた当時からすれば、今は数が驚くほど減っているものの、実物を実際に見ることができるまちを案内できることの好条件を感じながら回りました。 東新道が「予約のいらないまち歩き」のコースに入っていることから、参加者各自が自分の説明ポイントを持っていたものの、小寺さんから建物の造作、材料、加工の仕方に至るまで話をいただき、ガイドとしての幅を広げることができた一日でした。 なお、個人的に印象に残ったことは、建物に使用されている木材が高級品で、しかも種類も豊富であることが新潟湊に由来するものであることでした。 湊町新潟を宣伝するストーリーに、新たな援軍を得たようで、大変嬉しいまち歩きでした。小寺さん本当にありがとうございました。 花街にて
活動報告comments(0)|by よっしー

柳都中学校3年生のまち歩きガイド

2019.07.01 Monday
 6月26日(水)の午後(13:30〜16:00)新潟市立柳都中学校3年生78名のまち歩きガイドに参加しました。
コースは
◎ 新潟湊歴史散策コース
◎ 神社仏閣パワースポットコース
◎ 日本海展望・日和山海岸と北前船コース

の3コースを3班に分け9人でガイドに当たりました。
 私が担当したのは「日本海展望・日和山海岸と北前船コース」の7人でした。
このコースのパワースポットは
願随寺 ⇒  金刀比羅神社(寄居町)⇒ 北前船の時代館(旧小澤家住宅)⇒ 入船地蔵尊 ⇒ 日和山と住吉神社 ⇒ 日和山展望台 ⇒ 開運稲荷神社 ⇒ 萬福寺

 

  最初にスポットは学校の直ぐ近くにある
願随寺です。


    この寺は江戸時代新潟が長岡藩の領地であった亨保18年(1733)三島郡北村(現長岡市)からこの場所に移転したということです。
   当時長岡藩主から1万9千坪を受地として与えられました。その後天保14年(1843)の新潟上知により幕領地となった際に現在の地所(約4千坪)になったということです。
   安政6年(1859)新潟開港時に外国使節団の接待所となったことで知られています。
また、幕府直轄地の初代奉行川村修就が砂防林として植えた名残の松が残っています。
  生徒たちは学校の直ぐ近くに、古い歴史のあるこのお寺があったことに、感心しているようでした。

 

次は
金刀比羅神社(寄合町)です。

 

   この神社は、新潟市有形民俗文化財(明治30年奉納)「難船彫刻絵馬」で知られています。
  文政5年(1822)廻船問屋鈴木彌五左衛門の持ち船白山丸が海難から救われた様子が欅に一枚板に彫られ奉納されています。

 

北前船の時代館(旧小澤家住宅)

 

    江戸時代後期から新潟町で活躍していた商家・小澤家の店舗兼住宅です。平成14年に旧所有者から新潟市へ土地建物が寄付されたものです。
    かっての新潟町の町家の典型的な建物です。
    平成23年から一般公開されています。

 

                           小澤家の庭

入船地蔵尊

   この寺は今から225年前の完成6年(1794)天明の大飢饉による死者を供養するため、延命地蔵を安置したと伝えられている。   

   境内の千体地蔵堂には7寸5分の1470体の金色地蔵尊が安置されています。

 

日和山

 

  日和山は標高12,3Mで信濃川河口付近の唯一の高台です。江戸時代漁師や海運業者は毎日この高台に登り入港する船絵の見張りをしていました。

  亨保5年(1720)新潟の廻船業者っは、伊藤仁太郎を専任の監視人に指定しました。

  その後河口が日和山から離れたため、慶応元年(1865)水戸教は河口付近に移転しました。

 

住吉神社(日和山)

  慶応元年(1865)水戸教が河口近くに移転したことから、伊藤家の邸内にあった住吉の大神を日和山に遍座し住吉神社としたとのことです。

日和山展望台

 

 

   日本海を望む新潟砂丘の高台で昔から日和山と呼ばれていました。
  ここに昭和11年(1936)高さ7,2メートルの展望台が建てられました。

  その後海岸侵食で昭和52年(1977)に高さ9メートルの展望台に建て替えられました。

  展望台からは市内や佐渡ヶ島も一望でき、市民の憩いの場となっています。

開運稲荷神社

 

 慶安2年(1649)長岡藩が関屋に米蔵鎮護のため建立しましたが、 廃藩置県後の明治10年(1877)現在地に遍座されました。
 境内には船の重石として積んできた出雲石を狐の姿に掘った
「こんこん様」が祀られています。 
こんこん様(顔が破損前のこんこん様)

       

 

萬福寺          

 

  今では綺麗な松林になっているこの場所は明治21年(1888)から昭和28(1953)まで65年間火葬場でした。
 その跡に数多くの骨灰が残されていたことに心を痛めた、故本間鹿蔵(八百重社長)等が発起人となり、骨牌を改めて埋葬するとともに、浄財を集めて「萬霊供養菩薩像」を建立し、萬福寺としました。

 

火葬場であった松林 

 

西海岸公園

 

  by keibo

 

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド

山の下閘門見学

2019.06.03 Monday

 先日「山の下閘門」とういうところを見学しました。

 山の下閘門は中央区と東区の境界にあり、通船川と栗の木川が信濃川に注ぐ場所で、2メートルの水位落差を閘門の開閉で調整しています。

 

 

 

 

 

        by keibo

 

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド

中途視覚障がい者のまち歩きガイド

2019.05.28 Tuesday
   新潟シティガイドでは5月26日(日)午前中途視覚障がい者20人の方々をまち歩きガイドしました。
   今回のまち歩き参加者は「新潟県中途視覚障がい者連絡会」方々で、前日には新潟駅前の「ラマダホテル」に宿泊されて参加された方もいたとのことです。
 ホテルの1階ホールで受付やスタート前の挨拶などがあり、まち歩き開始です。
 
 
 
 ガイドのコースは新潟駅万代口の弁天商店街から弁天公園を経て、新潟日報メディアシップまでの約1キロメートルです。
 
 参加者は20人でしたが、それぞれの方に介助する方も同行しますので、40人の方々をガイドすることになり、参加者は4班に分かれていただき、班ごとにガイドに当たりました。
  スタートは「ラマダホテル」でここから弁天商店街を通って弁天公園へ向います。
 弁天商店街
 最初に目に入るのは商店街に立つ七福神の銅像です。
 銅像の説明書きには次のようにあります。
当地は、かつては信濃川の中島で流作場と言われ、元禄十二(1699)年、河の安泰、港の繁盛、恙虫(つつがむし)除けを祈念して弁財天の祠が建立されました。後世には分霊を石の祠に祀り、石宮様と称しました。
昭和33(1958)年、現在の新潟駅開業に当たり、此の弁天様に因み、弁天通商店街が誕生しました。
ここに五十年の歴史を顕彰し、地域益々の発展と、光来の皆様方の福徳円満を祈願するよすがとして、弁財天を主神とする富貴幸運を授けられる七福神をお祀り致しました。
 ガイドに当っては銅像に直接触れていただき実感してもらう工夫をしていたようです。
 
  
 
  
 
 弁天公園
 ここは今の新潟駅ができる前昭和33年まで新潟駅のあった場所です。
 現在は公園で遊具なども置かれ憩いのばになっています。
また、弁天公園は公衆電話発祥碑があり、明治40年新潟市で初めて公衆電話が設置さてたところです。

 参加者の中には公衆電話の文字に触れて確認する人もいました。

 

 

 

  流作場五差路  

 

ここは初代・二代萬代橋東側の端で、萬代橋の親柱のレプリカが置かれています。

 


親柱に触れて大きさを確認

 

  

 

 

 万代クロッシング

 

 平成9年ラブラ万代と新潟テレコムビル間に設けられた地下歩道です。
 地下歩道を作るときに発見された旧萬代橋の木杭3本が建設時の明治19年以来の姿で、展示されています。
 発見された杭は杉丸太材で直径40cm、、杭の長さは6mです。
  大きい杭だ〜
  
  新潟日報メディアシップ  
ここがまち歩きのゴールです。
平成25年4月新潟日報社の本社機能を核として建設された高さ105m,、20階の高層ビルです。
   お疲れさまでした~   
      by keibo  
 
活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド

新潟シティガイド平成31年度総会&交流会

2019.04.29 Monday
   4月27日(土)午後(13:00〜16:30) 新潟市総合福祉会館で平成31年度総会を開催し、平成30年度事業結果、平成31年度事業計画が承認されました。
平成30年度中
ガイドの件数は353回 (前年323回)
ガイド参加者は3,410人(前年3,087人)
と若干ですが多くなっています。
最近、県外の方々をガイドする機会が少しづつ多くなる傾向になっています。
    会議のあとの講演
「古町花街の成り立ちと町並み」
と題して
古町花街の会 久保 有朋氏
の講演があり、
新潟古町花街の歴史を学ぶことができました。
   
  
その後17:30〜19:30まで会場を新潟駅南口の
アートホテル新潟(プラーカ1)変えての交流会を
来賓の方々も含め交流会を行いました。
  
  
  交流会での来賓挨拶
  
    by keibo
活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド

新潟国際情報大学オープンカレッジ 「上古町を歩く」

2019.04.24 Wednesday

「国際情報大学オープンカレッジ公開講座3回目の

まち歩き。お天気に恵まれた4月22日(月)、

白山神社赤い鳥居前から出発しました。

上古町から人情横丁、白龍権現まで、発見と知識が

ふんだんに盛り込まれ、参加のみなさまはまち歩きを

楽しまれました

 

門前町の老舗和菓子屋「金巻屋」

 

古い神社や家並みの残る上古町。

 

涌井藤四郎・岩船屋佐次兵衛らが祀られている「口之神社」

 

古いものから新しいものまで。

 

レトロ感を醸し出すお店

 

「大谷屋呉服店」

 

 

 

活動報告comments(0)|by いっしー

えんでこスペシャルまち歩きガイド(2)

2019.03.27 Wednesday

  3月24日(日)新潟市のまち歩きイベント「えんでこ スペシャルまち歩き」午前に続き午後のガイドを報告をします。

 午前の船上ガイド後ピア万代で班ごとに昼食し、午後1時からは約2時間の流作場・沼垂のまち歩きとなりました。
コースは
三社神社 ⇒ 本立寺 ⇒ 古信濃川跡 ⇒ 沼垂定住三百年記念碑 ⇒ 小唄勝太郎碑
⇒ 白山神社 ⇒ 蒲原神社 ⇒ホンポート

でした。

 

 

 

 

 

 中食はピア万代の「瓢」で班別にいただき、午後1時にスタートです。

  午後のコースはいわゆる流作場から沼垂を巡り長嶺町の「ほんぽーと」まで歩きます。
    最初の立ち寄りが三社神社です。
    この神社は流作場の開拓者安倍玄的が、延享4年(1747)に祠を建てたのが始まりと言われおり、玄的のお宮と呼ばれていました。
   明治になってから神明宮、八幡宮、鹿島宮を合わせて三社神社と改められたものです。
   現在の社殿は昭和46年(1971)に改築されたものです。

    
   境内には明治11年9月、明治天皇行幸の際の「明治天皇御小休所碑」があります。
又、古い道標(みちしるべ)もあります。
その他、流作場の碑などがあり、境内で流作場の歴史を知ることができます。
次は本立寺です。
この寺には流作場の開拓者安倍玄的の墓があります。
  安倍玄的の墓

 本立寺脇の道は古信濃川を埋め立てた通りで川の下流終点にある、排水機場を見てもらいました。
 参加者は古信濃川の存在を実感したようです。
  
次は沼垂の「湊稲荷神社」です。
参加者の中には沼垂にも湊稲荷神社があるのに驚いている人もいました。
   沼垂古町通り。
   沼垂にも古町通りがあり、今では閑静住宅の町並みですが、古くは沼垂の繁華街として栄えていました。  
 
 交通量の多い栗の木バイパスを渡ると沼垂東です。
 閑静な住宅の中にレトリックな建物が点在しています。
沼垂定住三百年記念の碑
沼垂の先人たちが大河の氾濫などで闘い続けた由来を記念して建立された記念碑です。
 小唄勝太郎の碑                                 
 小唄勝太郎が養女になった老舗割烹「鶴善」の跡地に勝太郎生誕100年を記念して平成17年建立されたものです。
 
 沼垂駅は平成22年(2010)貨物取扱も含めて完全に廃止され、跡地には2つの高等学校が建てれています。
 線路は廃線敷になって残りました。
 白山神社
 式内社の美九理神社と言われている神社です。小林源太郎の彫刻が素晴らしい。
 蒲原神社
 木化土金水の五社神社と言われています。
 五穀豊穣のご託宣をする神社として知られています。
 境内の梅が満開となっており参加者を喜ばせてくれたようです。
 
 
午後3時には各班ともほぼ予定通り目的地のホンポートに到着し無事終了です。
ホンポート前には
ここに古信濃川の流れありき
の碑があり、ここが古信濃川の川筋であったころがわかります。
 
 今回のガイドをして感じたことは、参加者それぞれの歩行能力の差をどう調整するかという事でした。
     
    by keibo
  
 
  
  

 
  

 
活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド

えんでこ スペシャルまち歩きガイド(1)

2019.03.27 Wednesday

   3月24日(日)新潟市のまち歩きイベント「えんでこ スペシャルまち歩き」のガイドをしました。
  「えんでこ」とは新潟弁で「歩いていこう」という意味です。
    今回は、3月23日(土)、同24日(日)の2日間でしたが、ガイドしたのは2日目の24日(日)です。

   参加者は23、24日それぞれ50人の方でしたが、応募者は200人を超えていたとのことでした。
   当日のスケジュールは、、
   9:30   集合出発は万代クロッシング
   10:00    展望まち歩き(新潟日報メディアシップ)
   11:00  船上まち歩き(信濃川ウォーターシャトル)
   12:00  昼食(「瓢」
   13:00  沼垂まち歩き  
   15:00  解散(ほんぽーと)
   スタート地点の万代クロッシングで、7班に分かれガイドに当たることになりました。
   はじめに、ガイド責任者が場所のクロッシングの説明を全員にした後、各班ごとにスタートです。

  
    
   最初は新潟日報20階の展望ガイドから始まりました。
 萬代橋を渡って対岸のグランドホテル前から、約1時間のウォーターシャトルの船上ガイドです。
 船は信濃川をさかのぼり、昭和橋を超えたところでUターンし、河口近くまで下り、朱鷺メッセまでの約1時間の運行でした。
  船内ガイドするガイドの責任者
  船上から見た新潟造船
 船上から見たみなとぴあ
  船上から見た小樽航路船
 朱鷺メッセ到着
この後は昼食です。
    by keibo

 

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド

まち歩きガイドスキルアップ講座への参加

2019.03.23 Saturday

   3月21日(木)午後(13:30〜16:30)新潟市役所で、
まち歩きガイドスキルアップ講座 が開催されました。
   参加者は新潟市内の11ボランティアガイドの会から70人の方々でした。

 
   当会からは30人ほどの方々が参加していました。
   最初は講演です。
   講師はNPO法人横浜シティガイド協会  理事 嶋田昌子氏です。

 
   演題は
  ガイドの心得と長続きの秘訣
でした。
   日本のボランティアガイドの実態は(平成27年度 日本観光振興会の調査)
1,688団体 43,996人ですが、国土交通省の観光立国推進基本計画では、ガイド数を概ね47,000人を目標にしているとのことです。
    ガイドの心得として、最も大切なことは、
ガイド人としての第一印象「見た目」の大切さをを強調しておられました。

 
   講演後は班別に30分の協議・連絡時間と質問タイムがあり、有意義な内容でした。
    by keibo

 

 

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド

日報趣味の会様みなとまち新潟を歩く

2019.03.17 Sunday

 12日(火)13日(水)15日(金)の3日間に別れて、日報趣味の会56名様を「みなとまち新潟・豪商の館巡り」コースをご案内しました。

   豪商の館2館では「湊にいがた雛人形・町めぐり」の催しとして、歴史を感じるおひな様や、かわいいおひな様などがたくさん飾られており、お客様は大満足の様子でした。

 

   旧小澤家住宅の黒塀
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧小澤家住宅の阿部館長による説明

 

旧豊照小学校創立110周年記念に小澤辰男氏より寄贈されたおひな様
地獄極楽小路を歩く
白壁通りを歩く
旧斎藤家展示の7段飾り
昨年は青竹の上、今年は祝開港150年の宝船、来年の展示は何かな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド杉の子
 

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