新潟シティガイド研修旅行 「戊辰戦争150年」展と摂田屋地区のまち歩き

2018.07.19 Thursday

最初の目的地、新潟県立歴史博物館で「戊辰戦争150年」

の解説を聞いた後、小千谷慈眼寺でご住職の話を聞く。

 

慶応4年5月2日、河井継之助が新政府軍軍監、

岩村精一郎と和平交渉(小千谷談判)

をした会見の間が保存されている。

 

会見の間には河井継之助と岩村精一郎の肖像画。

 

小千谷談判が決裂し河井継之助が昼食をとった

割烹「東忠」。

 

皆で昼食。楽しいひと時。

 

たっぷり頂きました。

 

昼食後に館内を見学させていただく。

廊下のわきに大きな神棚。

 

河井継之助が食事をした「梅の間」。

 

「東忠」の前を流れる川。

 

小千谷から長岡・摂田屋に移動。2グループに分かれて

ガイドさんの話を聞きながらの散策。

北越戊辰戦争の際、長岡藩本陣が置かれた光福寺。

 

 

マンガ「美味しんぼ」で紹介された手作り味噌、星六。

 

機那サフラン酒本舗。蔵は国の登録有形文化財。

 

巨大な吉乃川の酒タンク。

 

竹駒稲荷。日本三大稲荷と言われる「竹駒稲荷」

より勧請された稲荷様。

 

越のむらさき。創業天保2年。右側のお地蔵さまは

辻地蔵。

 

摂田屋を後にして、最後の訪問場所「河井継之助記念館」

を見学。

 

とても暑い日でしたが、研修旅行を楽しみました。

 

 

活動報告comments(0)|by 抹茶味

西大畑エリア第5期生研修中

2018.06.30 Saturday

オークラ脇からの萬代橋

6月16日、この日は第4期生の高さんから萬代橋・古町花街浪漫コースの歩き方について教えていただきました。心地よい川風が背中を押してくれました。先輩ガイドの皆様、ありがとうございます。

活動報告comments(0)|by よっしー

古町柳都カフェ(美や古)見学

2018.06.24 Sunday

  この度、6月1日古町花街にオープンした柳都カフェ(美や古)を見学する機会があり、担当の方から、内部を案内していただきました。

 

 

  「美や古」は昭和初期の建物だと伝えられていますが、詳しいわからないとのことです。

ただ、見学で内部が他のお客さんと顔を合わせないよう、玄関、階段、便所等に気遣いがなされた構造になっていることがわかりました。

 

 

 

 

  柳都カフェについて同カフェのパンフレットには、

「かつては❝美や古"の名で知られた歴史ある待合のお座敷の一部をカフェにしました。

柳都振興株式会社古町芸妓が、お茶屋お菓子をお運びいたします。

平日のひとときだけのオープンですが、気軽にどなたでもご利用いただけます。(予約不要)。

運がよければ、古町芸妓が稽古をする三味線や太鼓、笛の音が聞こえたり‥‥

また、料亭へ行き来する芸妓に会える可能性もあります。

ぜひ古町花街の一端を感じてくだい。」

 

とあります。

 

  美や古を経営する、柳都振興株式会社は、1987年12月9日、地元有力企業約80社が出資して、全国初の株式会社組織の芸妓養成及び派遣会社として設立されたとのことです。

 しかしながら、長引く不況により運営に苦しむこととなり、2000年11月、幅広い業界約70社が会員となり、「柳都振興後援会」を設立したそうで、その後は順調な経営状態を保つことが出来るようになったとのことでした。

 現在所属の芸妓さんは13人で、訪れる人々を魅了しているようです。


 

     by  keibo

 


 

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド(管理者)

えんでこ「砂の町にいがた 豪商の館と新潟砂丘を歩く」のガイド

2018.06.21 Thursday

     新潟シティガイドでは、6月17日(土)午前、えんでこ(新潟市主催のまち歩きイベント)のガイドを行いました。

  この日の参加者は17人の方々で、3人でガイドに当たりました。

   

   今回は「砂の町にいがた 豪商の館と新潟砂丘を歩く」と銘打った新しいコースです。

信濃川や阿賀野川の大河川が運んだ堆積土砂は日本海へと流れ込み、それが長い年月を経て、陸地に打ち寄せ広大な砂丘地を形成しました。

 その砂丘地の縁の高低差を歩いて実感するコースです。

主なスポットは

 旧斉藤家別邸 ⇨ 行形亭 ⇨ 地獄極楽小路 ⇨ 西大畑公園 ⇨ 新潟市美術館

⇨ 二葉町界隈砂防林 ⇨ 日和山共同墓地 ⇨ 日和山展望台 ⇨ 開運稲荷神社 ⇨

入船地蔵尊 ⇨ 日和山住吉神社

です。 

   集合場所は西大畑にある砂丘の地形を庭園に取り入れた「旧斉藤家別邸」です。

 

   
 

 

   今の時期は新録に映えた庭園が参加者を迎えてくれていました。

 斉藤家は明治から昭和初期にかけ、海運・金融・工場経営などで財をなし、新潟の三大財閥に数えられている、斉藤家の別荘で、国指定名勝になっています。

 

 


 

 

   次は斉藤家の隣の300年の歴史を誇る新潟の老舗料亭「行形亭(いきなりや)」です。

この料亭の建造物など11件は平成12年登録有形文化財になっています。

 

 

 行形亭と小路(地獄極楽小路)を隔てた西大畑公園は、大正11年(1922)からあった新潟刑務所が、昭和46年(1985)山二ツに移転っした後、造成された公園です。

 刑務所跡には公園のほか官公庁や、潟市美術館が建っている。

 

 

 美術館前の通りから海岸方向へと向かうと、二葉町界隈の防砂林地帯になります。

 急な階段を登ると二葉町です。

 この地帯は海からの飛砂を防ぐため江戸時代から植林がなされてきましたが、1843年幕府領となり、初代奉行川村修就が約2万6千本の松を植えるなど組織的な植林がなされました。

 

 

 二葉町の海岸から四ツ屋町の坂を下ると共同墓地隣に竹内式部墓碑があります。
 

竹内式部は江戸中期、新潟町で誕生した新道家、尊王論者です。

亨保13年(1728)頃上京うして、徳大寺家に仕え、儒学や新道を学んだと言われたいます。

宝暦8年(1758)の宝暦事件では、中心人物として重追放の処分を受けて京を追われました。

その後、明和4年(1767)山県大弐らによる明和事件の際、関与を疑われて八丈島に流罪となり、送らえる途中、三宅島で病死したそうです。 この墓は昭和8年(1933)この地に建立されました。


 

日和山展望台

海岸沿いにある展望台は海岸侵食などで影響を受け、昭和52年高さ9メートルの展望台が建てられたものです。

 

 

 

開運稲荷神社

長岡藩が米蔵鎮護のため関屋に建立したのが始まりでした。

この地に移ってきたのは明治10年(1877)で、商売繁盛、諸願成就を願う漁業、海運業、倉庫業者のお参りが多かったようです。

 

 

   入船地蔵尊は、新潟湊の海上安全を祈願し併せて、天明の大飢饉による死者を供養するために寛政6年(1796)に建て、延命地蔵を安置したと伝えられている。

明治36年(1903)建立の千体地蔵堂には、十二支の守り本尊とともに信者から奉納された七寸五分(約22センチ)の1470体の金色地蔵が安置されている。


 

 

   日和山水戸教 

   日和山の標高は12.3メートルです。

 信濃川河口付近の唯一の高台で、漁師や海運業者は毎日この高台に登り、日和見をしたり入港する船の見張りをしたようです。

 亨保5年(170)には新潟の海鮮問屋は、伊藤仁太郎を専任の監視人とした。その後、徐々に河口が日和山から離れ慶応4年(1865)水戸教は河口付近に移転しました。

 住吉神社は慶応4年(1865)水戸教が河口近くに移転したことから、伊東家の邸内から住吉の大神を日和山に遷座し住吉神社としたものです。


   

  以上でこの日のまち歩きは終了となりました。

 

      by keibo

 

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド(管理者)

五期生まち歩き研修

2018.06.09 Saturday

新潟シティガイド第五期生、まち歩き研修。

「新潟町と新潟医学のルーツを巡る」コースに

一緒に参加しました。

 

白山神社隣接の県政記念館

 

右手は新潟大学付属病院、左手は新津記念館

 

熱い説明に聞きほれる。。。

 

しょうこん坂は「ワルツ坂」と呼ばれた時代があった。

 

川、堀、砂丘、近代の新潟が盛りだくさんのコース。

何度歩いても面白い!

 

 

 

 

活動報告comments(0)|by 抹茶味

えんでこ 下町神社仏閣巡りパワースポットめぐり

2018.05.18 Friday
新潟市主催の「えんでこ」は、春と秋に開催されています。 平成30年春は既に島切られていますが、5/12〜7/7にかけての週末に、市内各地で開催されています。 最近は、ランチ付きのコースが大人気 ,抽選になるほどです。 (漏れた方も諦めないでまた申し込みくださいね。) 写真は、下町の神社仏閣パワースポットめぐりのスタート時の写真です。 今回は圧倒的な女性参加者が多かったです! もちろん、ランチが楽しみなのは言うまでもないのですが、乙女は往々にして占いや神頼みにも興味があるもの。 ちゃんと歴史も伝えながら、パワースポットって言われるのはなぜ? というのも楽しく伝えながらのまちあるきでした。 IMG_20180512_095302.jpg あー、途中の写真が無くてすみません! 気になる方は、普段もこのコースのガイドを受けておりますので、是非お問い合わせください。 田舎屋さんでのランチで古町に向かうと、古町どんどんが開催されていて、古町9番町もフリーマーケットで賑やかでした。 往時の賑わいが戻ったかのようでした。 IMG_20180512_125708.jpg 秋のえんでこでお待ちしております。(^^)
活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド(伊藤頼)

すき間英語ガイド講座  In-Guide English Lesson

2018.05.11 Friday

今年度、第1回目の英語講座が5月10日(木)に

NCCTで行われました。

参加者は1期生から5期生までの10名。

中学校の英語授業を思い出しながらスタート。

 

Niigata City Guide had a simple in-guide 

English lesson on May 10th.

10 members gathered and learned how 

to say simple words during the guide.

English guide is required these days.

We will be able to be ready for it

in a few years.

 

テキストは新潟シティガイド作成。

これが大活躍します。

We use these stuff while guiding.

 

スキットを取り入れながら練習。

Scene of the skit.

 

個性が出ていていい感じ!

Skit with a smile.

 

セリフの組み立てが上手。

Scene of the lesson.

 

セミプロの人達も!

Almost professional!

 

英語いけますね!

What I thought was they all could!

 

新潟シティガイドの英語ガイドをお楽しみに!

 

 

 

 

 

活動報告comments(0)|by 抹茶味

ゴールデンウィークのあれこれ

2018.05.08 Tuesday
みなさんは、どんなGWをお過ごしでしたか? 遠出をされたり、近くでのんぴり過ごしたり。 新潟シティガイドのメンバーも、交代で西堀ローサ広場からの 「予約のいらないまちあるき」のガイドや、 新潟駅から西大畑公園までの「ど真ん中コース」をガイドしたりと、 忙しくも嬉しい連休でした。 「東京スリバチ学会さまとのフィールドワーク」では、 ブラマコリのロケ風まちあるきに参加、スタッフジャンパーで ディレクターと音声さんとしてスタンバイ。 新潟編を案内された野内隆裕さん以外は、全員偽物です。(笑) 総勢70人 ロケ風まちあるきに、通りがかる人や車から、何度も2度見されました。 人情横丁の名物浜焼きの阿部鮮魚さん。 阿部さんはもちろん本物です。(^-^) 「ど真ん中コース」も、お客様とのご相談で、人情横丁へ立ち寄ることがあります。 人情横丁のピュアウーロンさんには、凄い模型があるんですよ! 経営する北村さんが自分で作られたものです。 お茶をつくる器用さと丁寧さが、模型にも表れていますね。 旧斎藤家別邸では、お抹茶と生和菓子で一服。 これからの時期、新緑が色濃く変化する時期で、 玄関を入られたお客様からも、思わず感嘆の声があがる景色です。 砂丘の坂を巡り、ゴールは日和山五合目。 山頂はで大混雑でした。 シティガイドは、お客様に楽しんでいただける 新しいコースを考えています。 女池の砂丘列をめぐるコース、最も海岸沿いの砂丘をめぐるコースなどもあります。 どうぞ、ご相談ください。 砂の町にいがた「豪商の館と新潟砂丘を歩く」 新コースの下見中のワンショットです。 ゴールは、新潟のシモマチの人気カフェ日和山五合目coffee ご案内するのが楽しみです。 寒い日もありましたが、爽やかで良い季節ですね。 新潟シティガイドと一緒に歩いてみませんか?
活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド(伊藤頼)

鍋茶屋見学と会食(新潟シテイガイド研修)

2018.02.23 Friday

   21日(水)会員38人が参加し、スキルアップの一環として老舗料亭「鍋茶屋」の見学と会食を行いました。

 

 

   正面玄関では人力車が置かれ、玄関続きの廊下にはこの季節ならではの、つるし雛が迎えてくれました。

 

 

   会食の会場は、二階二十番の間で、ここで同店の歴史などのお話をお聞きした後、各部屋を巡り説明を受けました。 

 

 

   鍋茶屋は弘化3年(1846)高橋谷三郎が店を開いたと伝えられ、鍋茶屋のしるしになっている亀甲型は、初代が創案した、すっぽん料理に由来しているとのことです。
  創業170年余の歴史を誇る鍋茶屋ですが、明治41年にはニ度にわたり火災に見舞われるなど、苦しい時代を乗り越えての現在の繁栄があるようです。

   2000年(平成12年)登録有形文化財に登録されています。

 

  最初は三階の二百畳敷の大広間で、全国でもここでしか見られないとのことでした。

 

また照明器具などには、雪の結晶がデザインされているのが印象的です。

 

 

  二階白菊の間の天井は広く見せるために檜がはめられた「折り上げ格天井」で、三階の二百畳の大広間と同じつくりでした。

 

 

欄間には、いくつもの菊の模様の中に穴があいている造りです。

 

 

鍋茶屋応接室(洋間 )  
木造一部鉄筋コンクリート造3階建の1階は洋間になっていて応接室です。昭和7年、の三代目当主がヨーロッパなどを外遊した折に、イタリアから技師を連れてきて造ったということです。

  天井の材料もイタリアから運ばれたので漆喰が見事です。

 

   一通り見学の後、会食と交流となりました。

 

 

この部屋に掲げられてある書は、

 

   「楽 處 隋」(ずいこらく)
気楽に楽しんでもらえる処、という意味で、
富岡鉄斎が鍋茶屋にあてて書いたものだということです。                                 


最後に集合写真を撮り終了となりました。

 

 

                 by keibo

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド(管理者)

畠山六郎重宗像(新潟県有形文化財・蒲原神社御神体)

2018.02.20 Tuesday

  18日午前、新潟市中央図書館で蒲原神社宮司 金子隆弘氏の講演を聞く機会がありあました。
内容は主に蒲原神社の歴史でしたが、中でも神社の御神体、畠山六郎像については大変興味深いものでした。

 
                                                                       六郎夫妻像は六郎様と言われ木彫で御神体とされているもので大切にされて来ました。
    この御神体が昭和38年水野敬三郎氏(美術家史・元東京芸術大学教授、新潟県近代美術館名誉館長)の調査により明らかにされたということでした。

 

 

  それによると、制作は建武元年(1334)7月13日、大仏師尾張方眼湛賀の作品ということです。目に水晶が入っており像の高さ71.1センチ、夫人像は67センチで、檜の寄木造りで彩色されているとのことです。また、多数の奉賀者の名前や前回の修繕などすべての記載が判明されたということです。
  ただ、この像がどうして蒲原神社にあるのかは不明とのことです。

 

 

 

 

 

          by keibo

 

 

 

 

 

                                                                                                             

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

活動報告comments(0)|by 新潟シティガイド(管理者)
 

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