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〜北前船の文化と芸妓の歩み〜 特別企画ガイド

2017.11.08 Wednesday

 新潟シティガイドでは11月4日(土)午前(10:00〜12:00)、特別企画ガイド「北前船の文化と芸妓の歩み」と銘打ってガイドを行いました。悪天候の中でしたが、24人の方々の参加者があり、4人でガイドの当たりました。

 

はじめに企画の責任者からの挨拶ありスタートです。

 


 

今回のコース は
市役所正面玄関前集合 ⇒  三献茶屋跡 ⇒ 白山神社 ⇒ 趙願寺 ⇒ 蔵織 ⇒ 愛宕神社 ⇒ 小路巡り ⇒ 会津八一歌碑前 ⇒ 解散
です。

 

 

 

集合場所の市役所は平成元年、旧新潟県庁(1931〜1985)の移転跡地に建設された建物です。

 

 

      旧県庁(1931〜1985)

    市役所前の黒松(保存樹)

 

ガイドの方がコースの説明などをします。

 

 

 

 

スタート地点の 「三献茶屋跡」は新潟町と関屋村の境にあり、この茶屋で旅人や罪人との別れの場所であったが、今ではその形跡は見当たらない。

 

 

   「三献茶屋跡はこの近くにああったようです

 

白山神社
 

 

この神社の主神は菊理媛大神(くくりひめのおおかみ)と言い、加賀の霊峰白山頂上に祀られている女神だそうです。
建立の年代は永禄(1558〜)・天正(1573〜)の二度の火災で記録が失われはっきりしないようです。ただ、元亀年中(1570〜)に、白山神社別当であった宝亀院住職の憲海が、五寸の十一面観音銅像、宝剣、鏡を白山神社に奉納した記録が残されているようです。

 

 

 


 

拝殿に大きな額絵が掲出されています。
新潟県指定有形民俗文化財の「大船絵馬」の額(145×324)です。
新潟港から幕府への年貢米の積み出し、積み込みや帆船の出入りなどの様子を、極彩色で詳細に描いたものです。
左右の遠景に城が二つ描かれていますが、右が大阪城、左が江戸城だという説があります。
作者は井上文昌(幕末の画人)
額主は市島治郎吉(廻船問屋)とされています。
市島次郎吉は豪農市島家の分家筋の三代目とされていますが、御蔵米の回船を独占していた繁盛振りが窺われます。

 

 

百度石                         
回船問屋の大月屋藤蔵宅を宿にしていた、芸州三津町(広島県安芸津町三津)の嘉登屋彦兵衛という人が寄進建立したと言われています。この石と拝殿の間を何度も行きつ戻りつしながら、海上の安全を祈願したのでしょう。

 

 

 

 

昭忠碑
郭一同、献納の門柱(明治26年花街が納めた地方税は全体の3分の1であったという。)

 

 

石灯籠 
白山公園池の畔には、1723年(享保8年)の建立された石灯籠があります。新潟市で一番古い石灯籠だとい言われています。 

 

 

 

蔵織
新潟の芸妓 庄内屋しん(1873〜1937)が晩年を過ごした家です。

 

 

 

 

 

明治6年、東堀通七番町で生まれた風間シンが、庄内屋の女主人佐藤マチに請われてその養女となり、佐藤シンと改名したのは、明治十四年数え九歳の時である。
 さて、この佐藤シンが庄内屋しんの芸名で古町花街へ華々しくデビューしたのは数え十三歳の時。明治十八年十月二十一日発行の絵入り新潟新聞は、「豪気な顔見」と題して、庄内屋の女主人が千円もの大金を投じ、その後長く古町花街の語り草となった‥」(藤村誠 新潟美技列伝より)

 

とあるように美人であったようです。

 

 

明治19年、庄内屋しんは芸妓デビュー1年目の14歳であった。
新潟花街で遊んだ 伯爵 柳原前光(当時37歳)は可憐な美少女しんに魅了されたようです。
この年初代萬代橋は木朋直等によって架橋されたが、しんのファンでもあったようです。
八木等は萬代橋の橋名の揮毫を柳原前光に依頼するに当たり、しんに間を取り持って欲しいと願い功奏したとされる。
前光は大金を投じてしんを落籍し東京へ連れて帰る。
その後暫くして前光は病で臥せることが多くなり、しんは許しを得て新潟に戻り、蔵織で生涯を終える。
現在NHKで再放送中の連続テレビ小説「花子とアン」で、仲間由紀恵の演ずる柳原白蓮は、柳原前光と芸者奥津りょうとの子どもだという。
ちなみに柳原前光の妹柳原愛子は大正天皇の母です。

 

 
    庄内屋しん               柳原前光
 

                     

 
   八木朋直                 柳原白蓮

 

          萬代橋の橋名

 

愛宕神社
本殿は新潟市の有形文化財で市内で最も古い建物で1700年前の建築とされている。

 

 

 

境内には松尾芭蕉の句碑

 


  

     海に降る 雨に恋しき うき身宿

がある。

 

超願寺    

市山流宗家の墓がある。5代目の妹、川田芳子(女優第一号)も祀られている。(新潟市無形文化財)

 

 

           市山流宗家の墓

 

        上古町にある「明和義人館」

 

 

会津八一の生誕の地
古町2の町、3の町は旅籠町で江戸時代の絵が存在している。

 

 

 

 

ここでまち歩きは終了となりました。

雨の中お疲れさまでした。

 

 

                     by keibo

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