新潟らしさを満喫できる「旅市」の紹介

2010.07.28 Wednesday
  新潟シティガイド     関 克人             

 旅市、知っていますか。  

 JR東日本が企画した夏の旅39コースです。 
  
 そのうちのひとつが


コースです。  

 JRのパンフには近代都市のベールの下には江戸期の湊の町割りが隠れていた。

との見出 しがあります。 

 はたしてどうでしょうか。

 まずはこのコースを一緒に歩いてみましょう。 

 スタート地点の朱鷺メッセから萬代橋を渡って中心街までは、

さわやかな水辺空間と近 代都市を体験できる開放感いっぱいのまち歩きです。 トキメッセ展望室萬代橋柾谷小路  

 賑やかなアーケードを通り抜けると、

タイムスリップしたかのように昔の風情が残る路 地に入り込んでいきます。

  いわゆる、古町花街といわれるところ。

 北前船の寄港地でもあった江戸期からの面影が 今に伝えられています。

  狭い路地の老舗料亭街を歩いて、

運がよければ新潟の文化を象徴する古町芸妓に会える かも知れません。鍋茶屋通り白壁通り地獄極楽小路 

  日本舞踊市山流の家元からは、芸妓が稽古に励む三味線の音が流れてきます。

  西堀通りを渡ると古町花街とお別れです。

 渡る前に三業会館前で昔のようすを描いたパ ネルを見てみましょう。

 堀と柳と花街の賑わいが見事に描かれています。  

 古町花街を出て、由緒あるイタリア軒を過ぎると、

ひっそりとしたお屋敷街に入ります。 

 ここには、昔の豪農や豪商のお屋敷が残されています。

  新潟で一番古くからの料亭もあ り、往時の繁栄ぶりを知ることができます。

 お屋敷街にちなんだ名前がつけられた白壁通り、地獄極楽小路を歩いて、

公園を抜ける と旅市のゴールです。

 お疲れ様でした。  

 
 近代的な水辺空間の新潟、江戸期からの面影を残した古町花街、

明治から昭和にかけて の繁栄を象徴するお屋敷街と、

三つのエリアを歩いてみました。 

 新潟らしさを満喫できる、なんとも贅沢な旅でした。 

 この企画は旅市ガイド付です。

   お客さんはもちろん、ガイドも一緒に楽しんでいただき ましょう。 

 募集期間は9月30日までです。 

 旅市でたくさんのお客さんが新潟の楽しさを満喫し、

 新潟の魅力を伝え広げていくこと を願っております。 

※新潟シティガイドでは、JRに協力し旅市のガイドをしています。
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「西海岸公園・歴史と文学の散歩道散策」コース

2010.07.27 Tuesday
  新潟シティガイド  関 克人  

 西海岸公園を散策したことがありますか。  

  松林の中の遊歩道では、数多くの石碑や人物像に出会えます。  

 私は、このコースを何回かガイドましたが、

回を重ねるたびに コースのすばらしさを知り、愛着を感じるようになりました。  

コース名を 

  「西海岸公園・歴史と文学の散歩みち散策コース」

と名づけていますが、まさに歴史と文学が集積された 史跡の宝庫です。

  まず歴史ですが、「戊辰役殉難者墓苑」はコースのメインです。  

  封建時代から近代国家へと移り変わった歴史上の一大変化を、

 私の案内と荘厳な墓苑の中で実感していただきます。 戊辰墓苑-1
  

「川村奉行像」の前では、新潟町が長岡藩領から幕府領になったいきさつや、 奉行の功績を紹介します。 川村修就像

  「ドン山」「八木朋直像」では、歴史の一端を案内します。  

 文学では、北原白秋や坂口安吾・會津八一などの文学者をはじめ、

 芭蕉や良寛などの歌人が登場します。 砂山の碑坂口安吾の碑   

 それぞれの石碑や人物像には、物語やエピソードがあります。

 そんなおもしろさも紹介して、みなさんの心に残る案内を心がけます。 

「西海岸公園・歴史と文学の散歩みち散策コース」 は、

歴史や文学のおもしろさを十分に楽しんでいただけるコースです。

   みなさんの参加をお待ちしております。
より大きな地図で 西海岸公園・歴史と文化散策コース を表示
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炎天下のまち歩き

2010.07.26 Monday
7月24日(土)午前、うだるような炎天下、 

  「湊まち新潟歴史ウォーク」 と銘打ったまち歩きグループのガイドをしました。 

 熱中症予防のため、 麦茶を凍らせたペットボトル持参…(笑) 

 この日の参加者は、ある会が募集した、年齢まちまちな男女40人です。 

午前9時15分、集合場所の、 入船町にある新潟港湾事務所に着くと、 

すでに大部分の方が集まっていました。 

この日のガイドは下町グループの  
 
 相田敏之介 
 渡辺博 
 藤巻忠次 
 八木洋 
 ケイボウ

 の5人です。 

 まず、各ガイドごとの5つのグループに分けられました。 

 9時30分出発です。

 最初の約30分は、新潟港湾事務所埠頭に接岸中の、

 浚渫船「白山」の見学です。

 この船は4,185トン、
 全長94メートル、
幅17メートルで、
「浚渫」と「油の回収」の2つ機能が備えられている大型船です。 

新潟港は河口港で上流から流れてくる土砂が溜まるため、

 浚渫が不可欠なのです。

 担当者から浚渫の方法、方向転換方法などの説明を受けましたが、

 規模の大きさや、有能な機能に驚かされました。
  浚渫船「白山」 

 少し船の見学時間が延び、 午前10時過ぎ、まち歩き開始です。 

コースは、新潟下町の海岸線に近い辺りです、 

入船タワー(みなとトンネル管理棟)⇒ 北部公園 ⇒ 水戸教公園 ⇒ 萬願寺 ⇒ 開運稲荷神社 ⇒ 入船地蔵尊 ⇒ 日和山 ⇒ 新潟港湾事務所駐車場
より大きな地図で 下町海岸まち歩き地図 を表示 

 の約4,5キロメートルです。 

 歩き始めて気付いたのですが、 気温は32度を超えていたようですが、

 海風が心地よく予想したほどの暑さは感じません。 

 このコースは港の河口に近く、 一般市民には馴染みのない地域だと思います。

 私たちのグループは8人(男性2、女性6)でした。 

歩きながらの会話を交わし、参加者の大まかな様子をつかみます。

 最初の立ち寄り場所は「北部公園」です。

 ここには「宇品丸慰霊碑」がありあます。 

この慰霊碑には、

概ね 大東亜戦争の終戦間近い昭和20年8月10日
 米軍の戦闘機(グラマン)数機と山田町側に停泊中の
 軍用船宇品丸の兵士が迎撃奮戦し市街を守った。
 宇品丸の乗員はほとんど玉砕した。

 との説明がされています。

 この宇品丸兵士の活躍で、

 新潟が米軍からの爆撃を、最小限に留めることができたらしいのでず。 宇品丸慰霊塔 

 次は水戸教公園です。

 信濃川河口に近い海岸沿いの小高い丘が水戸教公園です。

 江戸時代「水戸」という言葉には、 

 「港」・「河口」という意味だったようです。

 信濃川の河口は、川が運ぶ土砂で港の深さがよく変わり、

 港に入る船は水先案内なしには出入りできなかったようです。 

 この水先案内人が水戸教です。

 この場所は水戸教の建物があったところです。 水戸教公園 

 この公園の丘の上にあるのが、「平和祈念碑」です。

 水戸教公園は平成10年に整備されました。 

この祈念碑は、

太平洋戦争末期、米軍の攻撃や機雷による犠牲者や

 外国人捕虜などの死者も含めて悼み、

平和祈念のために建てられたものです。

 水戸教の次は萬福寺です。

 この寺の前には「萬霊供養地蔵尊」があります。 萬福寺 

 場所は市立舟栄中学校裏手です。

 ここは明治初期から約80年間、

新潟市の火葬場になっていたところです。

 昭和28年、この火葬場が青山に移り閉鎖されたのです。

 ところがこの跡地には数多くの骨灰が散在していました。

 この骨灰の霊を供養するため、

本間鹿蔵という人がこの地に

「萬霊供養地蔵尊」 を建立しました。

 現在、舟栄中学校裏手は西海岸公園として整備され、 

松林の中に散歩コースが設けられ、 市民の憩いのばとなっています。 ガイドの様子 

炎天下を歩いてきた参加者も松林の木陰で、

 ほっと一息つくことができたようです。

 次に訪れたのは、開運稲荷神社です。 

 この神社は関屋にあった、

 長岡藩の米倉の守り神として祭られていたものです。

 天明7年(1876)、倉を白山浦に移し、

 さらに明治10年(1877)現在の場所に移されました。 開運稲荷神社 

大国主命と事代主命を祭るようになり、

 海運業者、遊女などの信仰が多い神社です。

 参道にあるキツネの石像はこんこん様といわれています。

 この「こんこん様」に参加者の興味が集まっていたようです。

 次は入船地蔵尊です。

 寛政9年(1876)天明の大飢饉による死者を供養するため、

 関川貞信尼が近隣の信者の協力を得てお堂を建て、

 延命地蔵を安置 したと伝えられています。 入船地蔵尊 

 境内の千体地蔵堂には、 

 1470体の金色地蔵が安置にされています。

 最後は日和山です。

 日和山は新潟町にあった標高27メートルの砂丘で、

 ここから新潟湊に入港する船を見つけるなど、

 湊周辺を見渡すことができたそうです。

 平成21年この場所が整備され見違えるようにきれいになりました。

 山頂にある住吉神社は、慶応元年(1865)、

 水先案内人の伊藤仁太郎が自宅に祀っていたものを、

 ここへ移したといわれています。 現在の住吉神社は、

平成21年に建てられたものです。 住吉神社

当時の信濃川河口は本町十四番町付近であったとされ、

 この高台は漁師や船舶業者は毎日この山に登り、

 日和見をしたり船舶の見張りをしていました。

 ここは新潟湊水戸教発祥の地とされています。

 今日のガイドはここでです。

 帰り路では、参加者とのガイド以外の会話も弾み、 無事終了しました。


                                                                        by新潟シティガイド(ケイボウ)
新潟まち歩きレポートcomments(1)|by 新潟シティガイド

悲しいニュース

2010.07.24 Saturday
 昨日(23日)、悲しいニュースが飛び込んできました。

「新潟市秋葉区小須戸で商店街17棟焼く」

毎日、酷暑がつづく中、昨日のお昼どきに小須戸の本町通り商店街から
火の手があがり約6時間延焼して、ようやく鎮火しました。

ここは「舟運で栄えた在郷町」として最近、「まちあるき」を活発に
行なっています。

クリックで挿入 新潟シティガイドは今年5月、スキルアップの一環として
ここ小須戸を訪れ、町屋を案内して頂きました。
当日は、古い家屋の内部まで入れていただき、歴史を感じてきました。

昨日の火災はどの辺が焼失したのだろう?

さっそく、地元新聞一面に出ている略図を見ました。
先回頂いた「小須戸まちあるきマップ」と照らし合わせたら・・
”まちあるき”した所が含まれていました。

せっかく、古い町並みを保存しても火災に遭っては何んとも・・・

天災からも人災からも、最善を尽くして守っていく事の

肝要さを改めて感じた災害でした。

お知らせcomments(0)|by 新潟シティガイド(雄一)

明和義人ゆかりのまちあるき

2010.07.22 Thursday
 明和義人サポーターズクラブが主催する「明和義人ゆかりのまちあるき」に
参加しました。

明和義人とは・・・
明和年間(1760年代)に悪政が続いていた江戸時代の新潟湊で町民が立ち上がり
2ヶ月余り市民自治を勝ち取ったときの中心人物「涌井藤四郎・岩船屋佐次兵衛」たち
を指します。

当時、集会所として使った西堀”勝念寺”に集合
市内各所をバスで移動しながら回りました。

この歴史的史実を、口伝で受け継いで来たという芸妓さんも3人参加。

観光行政に熱心な篠田新潟市長も休日を返上して参加しました。

クリックで挿入  涌井藤四郎・岩船屋佐次兵衛のお墓の前では
              読経が・・・

2時間ほどの”まちあるき”のあとは、明和騒動を著した本「新潟樽きぬた」の
著者「火坂雅志」さんの講演を聴きました。

先人の命をかけた市民自治を改めて知り、心、熱くしました。

新潟シティガイドで皆さんを案内する時には
是非とも紹介したい史実です。
新潟まち歩きレポートcomments(1)|by 新潟シティガイド(雄一)

新潟シティガイドとまち歩き

2010.07.18 Sunday
  •                 
  •                新潟シティガイドと歩く
  •                  
  •                     〜西堀ローサからのまち歩き〜
  新潟シティガイドでは、毎週土日「にいがた文化・観光お尋ねどころ」まち歩き、と銘打った約2時間のまち歩き案内をしています。

 集合場所   西堀ローサまちなか情報広場  

 案内対象   当日出発時間までに集合場所に集まったお客様

○  出発時間   10時・13時30の2回です。

○  人  数    各時間帯最大15人程度

 コース   西堀ローサ⇒鍋茶屋⇒かき正⇒市山家⇒三業会館⇒イタリア軒⇒地

       獄極楽小路            
       
       ⇒ 白壁通り⇒砂丘館⇒どっぺり坂⇒新潟カトリック教会⇒オギノ通り
                  
       ⇒NEXT21⇒西堀ローサ

○  料  金    一人500円

お知らせcomments(0)|by 新潟シティガイド

新潟シティガイドの平成21年度ガイド実績

2010.07.15 Thursday
          新潟シティガイド連絡掲示板 

1 新潟シティガイドの実績・4〜3月()は前年度
   (1) まち歩きガイド         705人 (456人)
       下町エリア              207人 (149人)
    内 西大畑、西海岸エリア    91人 ( 60人)
    訳 白山、医学町エリア        65人 ( 34人)
   その他                    331人 (213人)
 
(2)その他の外部企画       3,439人 (623人)
   (朱鷺メッセ展望室・花町茶屋・料亭の味と芸妓の舞などです。)

2 新潟シティガイドの電話(固定)設置
     西堀ローサ「まちなか情報広場」に固定電話が設置されました。
   
   電話番号は025−201−9159 です。
   (但し、取扱いは土・日の9:30〜15:30)
     
  携帯番号の090−1807−3013は今まで通りです。
   
  土日の 「まちなか情報広場」での観光まち歩きサービス業務中は、
 ガイドの受付をすることになります。
     

         新潟のまち歩きガイドは、
    おもてなしの心第一の新潟シティガイドをご利用ください。
お知らせcomments(0)|by 新潟シティガイド

私のガイド日記

2010.07.14 Wednesday
7月11日(日)、この日は朝から今にも雨が落ちてくるような、

どんよりした天候でした。

コースは「みなとぴあ」から市の中心部までの新潟下町町屋です。

時間は午後4時から2時間で、お客さまは市内の年齢もさまざまな、

男女13人のグループでした。

お聞きしたところ市主催のある文化講座の受講者の集まりの方たちです。

ガイドにあたったのは    渡辺博・ 加藤文夫の2人です。

まず2つのグループに分かれていただき、                      

それぞれのグループを、渡辺さんと私とでご案内することになりました。

自己紹介で

「下町についてはあまり詳しくありません…でもいっしょうけんめいがんばります!」

と挨拶したところ、一瞬

「沈黙…」

失敗か〜と思いながらも「みなとぴあ」「旧税関庁舎」と説明していくうちに、舌もなめらかに…。(笑)
みなとぴあ旧第四銀行住吉町支店旧税関庁舎

文化講座を終えた方たちだけに、

「新潟が開港5港になった理由は…」「なまこ壁の特徴は…」など質問も鋭い。

でもなんとかクリアし、「湊稲荷神社」へ着くころにはすっかり仲間気分になっといました。
みなと稲荷神社

 話が水都にいがたの往時の運河に及ぶと、

お客さまから、西堀の思い出を聞かせていただきました。

金刀比羅神社の「難船絵馬彫刻」では、

野内隆裕さんの作成のイラストを使い説明もなめらか…(笑)
金刀比羅神社

龍照寺の軒下の狭い小路を経、上大川前通りの改装工事中の「旧小澤邸住宅」

…工事の進捗状況に関心が集まっていました。
旧小澤邸住宅(工事中)


下本町市場やお店がおやすみのためここは素通りです。

御祭堀を渡って古町通りから花街の

「市山流宗家宅」「かき正」を経、「鍋茶屋」が終点です。
鍋茶屋

今日のお客さまは、

新潟の歴史や、文化を勉強されている方人たちでしたが、

なんとか最後まで案内することができホットしています。

解散後は、お客さま同士のコンペとのことで、

これもまち歩きの楽しみ方だと思いました。

新潟まち歩きレポートcomments(0)|by 新潟シティガイド

新潟まち歩きブログ 本日スタート!

2010.07.05 Monday
本日より 新潟シティガイドのメンバーが発信する「新潟まち歩きブログ」がスタートしました!

このブログでは、「新潟シティガイド」からのお知らせや、各メンバーによる新潟のまち歩きの魅力などをお伝えしていきます。

皆様からのコメントもスタッフ一同お待ちしておりますので、どんどん書き込んでください。

それでは、 これからも皆様よろしくお願いいたします。

お知らせcomments(1)|by 新潟シティガイド
 

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